練炭火鉢
亡母の暖房は練炭火鉢だった。 私が高校に入学した頃から使い始めて、高齢になるまでずっと使っていた。冬はこたつの横に置いていて、いつでもやかんがシュンシュンと鳴り、湯気が隙間風に流れていた。根菜類を煮込む鍋もよく掛けられていて中の骨付き鶏肉の身が骨からぽろりと取れるのが柔らかくておいしいと亡夫が言いつつ喜んで食べていた。...
View Articleごくらくごくらく
深々と冷え込んだ夜、寝る前にお風呂に入る。今夜は「ゆずの香り」にしようか。 ぶくぶくと泡が立ちゆずの香りが漂う。 洗い場で震えていた 体を湯船にゆっくりと沈める。チクチクチクと皮膚を刺激するお湯。ぐっと首までつかる。そして、「ごくらく ごくらく」と呟く。 「おじいちゃんのごくらく」という本の読み聞かせで、「ごくらく」って知ってる?...
View Article自問自答
「今になってどうしたんだ」と自分に問い掛ける。 墓じまいをして、もう5年が過ぎた。少し早い墓じまいだったんじゃないかな、と自問自答をするようになった。あの頃はあの頃で、やむにやまれぬ思いに悩み、心を痛める日々の末、そうしたのだ。 しかし、日々過ぎる時間と共に、墓じまいは「後継者がいないから」という理由だけで、自分の心の負担を単に軽くしたかっただけじゃなかったのか、と悩む。...
View Article越冬ツバメ
ポーチには20年近く使われて いるツバメの巣がある。早期米 の田に水を張るころ飛来して、 補修し営巣の準備にかかる。春を待ちわびるぼくが、梅、河津桜の開花に始まり、飛び交う姿に春本番を実感する時である。 去年は14羽の雛が巣立った。 時は移り秋の気配を感じるころ2羽のツバメが戻ってきた。南へ旅立つ別れを告げに来たかと想像するといじらしい。ところが、...
View Article案山子
ドライブの途中、何やら人だかりを見つけた。 かかし祭りらしい。珍しいもの好きな私は、案山子の集団にもぐりこんだ。 コロナで亡くなった志村けんのバカ殿様。テニスのちょっと太めの大坂なおみ。3密はダメとマスク姿の婦人たち。いるいる。趣向を凝らした案山子たち。今ではイベントで目にするが、私が嫁に来た頃は、案山子がおのおのの田んぼを守っていた。...
View Article新橋のふぐ
ふぐのおいしい時期になった。福岡では出張者を近くのふぐ料理の店に連れて行くと喜ば れた。値段も手ごろだった。 本社に転勤し、残業していると、上司から「新橋のふぐ料理店にすぐ来い」と電話があった。...
View Article二? ニです。
カタカナ書きのコンビニ、どう見返してもコンビ二と、1字だけ漢字表記。すぐそばのミニとかアニメは、きちんとカタカナ。一般人はまず気付かないこんなミス、若い頃2年ほど校正の仕事に携わったお陰で、いやでも自動的に飛び込んでくる。 手書き、鉛活字手拾い時代ならいざ知らず、キーボード入力の現代はコンビニ、アニメなどコンピューターが自動的に判断 してカナ出力されるはずなの...
View Article老いとの出会い
今年の正月は、娘が祖父から もらった羽子板をかざった。それを見た妻が「娘はもう46歳」と言った。日ごろ、娘の年齢など頭にない私は驚いた。 私が45歳だった頃を思い起こすと、つい数年前のような気が する。もう30年近くも経っている。 写真家の星野道夫さんは、「誰もが、それぞれの老いにいつか出会ってゆく。それは、しんと した冬の夜、誰かが、ドアをた たくように訪れるものなのだろうか」と書いている。...
View Article2020年 熊本県はがき随筆
年間賞に野見山さん(熊本市) 毎日新聞「はがき随筆」の2020年熊本年間賞に、熊本市の野見山沙耶さん(20)の「手を握る」(9月20日) が選ばれた。 熊本県内から投稿され20年に月間賞・佳作となった計15点から、熊本大名誉教授の森正人さんが選考した。書く営みで考えを確かに...
View Articleだんご汁の味
大分県の佐伯に住んでいた母 は、小雪がちらついていた明け 方に旅立った。 あの日から十七 回忌を迎えた。 父を見送った2年後に88歳に なった母と、今の私の年齢が重なる。ひとり暮らしをはじめた母を気遣いながら、時折訪ねては食事をするのが楽しみで、料理をしている後ろ姿にほっとしたものだ。 思えば、戦後の食糧難時代に おなかを満たしてくれただんご...
View ArticleTさんのおかげ
昨秋、急性緑内障を患い、一 段と視力が落ちた。体力も気力 も減る一方。先々の心配をして は落ち込む日が多い......。 南九州市在のTさんから電話 で「声楽の出張レッスンをお願いしたいけど、家は遠いのであなたの家でさせてほしい」。 ドイツ留学帰りの若手テナー声楽家。うっとりするほど艶や.かで伸びやかな歌声。久しぶり に心華やぎ、老い先短いことも...
View Articleプレゼント
買い物から帰った高1の孫が 「これ開いて」と包みを渡した。 ピンクのアイピローだった。正月、台所に立ちっぱなしで4人 の男たちの注文に応えた私を見 て、心するものがあったのだろうか、夜はゆっくり休んでの意味だったか。 孫が幼稚園児の頃、2人でデパートのアクセサリー売り場に行き「ママに」と物色する姿をスタッフがほほ笑んで見ていた。いま背丈も190近くあり、相も変わらず減らず口をたたいている。...
View Article東京五輪今昔
1940年、当時小学4年の私は民族の祭典という映画を観た。4年前のベルリン五輪の記録映画でとても素晴らしくて「日本でも五輪ができたら良いな」とちょっと羨ましかった。...
View Article丑年の初笑い
コロナ禍の息抜きは温泉に入ることぐらいで、小春日和のある日いつもの温泉へ。平日は人もまばらで貸し切り気分を味わえた。待合室で帰るぞ!と夫の低い声。車に乗るとモオウ!という夫は丑年、私は苦笑しながらどうしたと聞くと、洗い場はがら空きなのに密を避けずに若い人が隣に座り、場所を変わる勇気もなく並んでいたと......。 私はその姿を想像して笑い転...
View Article笑顔で挨拶
午後3時過ぎ、郵便物投函のため局へ。毎月1回、書林誌と直筆コピー6枚1組に手紙を同封し、兄弟、姉妹、書道生徒さん方に。直筆は自分勉強。本が届いたその夜、楷、行、草、か なを仕上げて、投函のため翌日徒歩で農道を急ぐ。寒風が全身に吹き胸苦しい。 いつまで書けるか、脳と右手に祈る。 帰路、小中学生が元気いっぱいの姿で自宅へと向かいなが...
View Article優しいがねぇ。
「ここにいて、待っててね」 と男性がご婦人に声をかけてその場を離れた。 ここはショッピングセンターの食品売り場。男性は別のコー ナーに用があるのだろう。その 声を耳にした私は、思わずご婦人に「優しい方ですねえ」と声 をかけてしまった。 すると「私の息子よ。優しいがねぇ私が 炊事ができんから、朝昼晩作ってくれるとよ......」と。 答えてくださりながらも目は しっかりと息子さんの歩いて行...
View Articleバイオリン演奏会
「バイオリンを弾くのでピアノ伴奏をお願い」と頼まれた。彼の父上は小学校の校長。バイオリンの生演奏を聴いたことがない児童たちにと企画された。 体育館に集合した全校児童の前で、荒城の月などを演奏。真剣な表情の子供たちは初めて聴くバイオリンの音色をどう感じたであろうか。...
View Article地図帳と思い出旅行
暮れに日記帳を買いに行った際、「最新地図 (日本、世界)」を購入した。今、テレビ番組で、「各県の名所旧跡」「農水産物」などのクイズ問題が多い。40年ほど前、主人退職後は旅行を楽しみ、浅くではあるが、国内はほとんど行っているような気がして、解答に参加してみる。 思...
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