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Channel: はがき随筆・鹿児島
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藤色の和服で

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 父亡き後、母は75歳から一人暮らし。その心境も知らず、実家に行っては気楽に「ではまた」と帰った日々。ある日野菜畑に行くと、地面ぺったりに腰をおろして草取り。「腰が重い」と。子供たちのため丹精こめた尊い産物。みそ、しょうゆは自家製だった。82歳の秋、脳梗塞で即入院。毎日をベッドの中、車いす生活に耐えて13年間。95歳の2月、危篤。生と死のはざまで感謝や別れの言葉を互いに交わせず、闇の中で命は尽きた。花いっぱいの寝棺に藤色の和服は自らの手縫い。来世への旅立ちにそっと小遣いを愛用の貴重品袋に入れてあげた。
  肝付町 鳥取部京子 2015/9/16 毎日新聞鹿児島版掲載

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